こんにちは。
多くの人が目指す「自由な生き方」。
特にFXのように、場所にも時間にも縛られないトレードをしていると、「本当の自由を手に入れたい」という願いを持つ人は非常に多いです。
でも、この“自由”という言葉には、少しだけ落とし穴があります。
それは「やりたいときに、やりたいことをやる=自由」という幻想にハマってしまうこと。
本当の自由とは、実はまったく違う次元にあるのです。
「自由に見える人」と「本当に自由な人」の違い
一見、自由に見える人は、予定もなく、好きな時に起き、気が向いたら仕事をして、気が向かなければ何もしない。
Instagramでリゾート地のラウンジからトレードをしているような写真を投稿していたり。
でもそれは“自由に見えるだけ”であって、内面は不安や惰性に飲まれていることも少なくありません。
反対に、本当に自由な人というのは、「やらなくてもいい状況」であっても、
やるべきことを、淡々と自分で決めてやりきる人です。
それは、「意思」と「継続」がなければ到達できない世界。
自由というのは、「欲望のままに生きること」ではなく、「自分を律する力があるからこそ得られる境地」なのです。
やらない自由を手にした人が、やがて失うもの
「もう縛られたくない」「ルールに従いたくない」と、会社を辞めたり、自分の裁量で時間を使える生活に入った人が、
最初の1ヶ月は“最高の自由”を感じるかもしれません。
でも2ヶ月、3ヶ月と経つ頃、何もかもが“どうでもよく”なってきます。
起きる時間がバラバラになり、食事も適当になり、睡眠が乱れ、トレードのパフォーマンスが不安定になります。
やりたいことをやっていたはずが、気づけば「やりたくないこともやれなくなった」自分に出会います。
自由を求めた結果、自分に縛られてしまう。
これが、自由を「外的な縛りがないこと」と勘違いした人の末路です。
自律=自己のルールで動ける力
自由を手に入れた後の本当の勝負は、「自律」にあります。
・朝7時に起きると決めたら、誰にも言われなくても起きる
・ルール通りにトレードすると決めたら、負けが続いても守る
・週末はトレードの振り返りをやると決めたら、予定があってもやる
こういった「自分との約束」を守れる人こそが、自由を活かせる人です。
自由は、与えられるものではなく、「自律が整った人」にだけ許されるもの。
だからこそ、やらなくても怒られない環境で、やるべきことをやれる人は、本当に強い。
継続力と内発的動機が鍵
継続には、「報酬」が必要です。
でもその報酬が「外側」にあると、やがて続かなくなります。
たとえば「褒められたい」「認められたい」「稼ぎたい」などの動機は、最初の火種にはなりますが、
燃料としては弱く、時間とともに燃え尽きていきます。
本当に継続する人は、「内側」に報酬を持っています。
・昨日より少し上達できた
・今日も淡々とやれた
・やり切った自分が誇らしい
こういった小さな“自己完結型の達成感”を積み上げていくからこそ、他人に振り回されず、自分のペースを保てるのです。
「やらないと不安」より「やらないと気持ち悪い」へ
自由を誤解している人は、「やらないと怒られる」「やらないと損する」など、
外部の罰や恐怖で行動しようとします。
でも本当に自律している人は、「やらないと落ち着かない」「やらないと気持ち悪い」と感じるようになります。
つまり、行動が“習慣”にまで落とし込まれているのです。
習慣になれば、努力や根性に頼らなくても自然と行動できるようになります。
ここまで来てはじめて、「やらなくてもいいのに、やれる」という状態=本当の自由にたどり着きます。
トレードにおける自由の設計
FXで自由を得たいと考えている人ほど、以下の3つを意識してみてください。
- 1. 自分の生活にリズムをつくる(起床・食事・運動)
- 2. トレードにおける「やること・やらないこと」の明確化
- 3. 毎日の行動に「意味づけ」をする(なぜこれをやるのか)
「いつでもトレードできる」という自由があるからこそ、「この時間しかやらない」という制限を設けることが大切です。
逆説的ですが、「制限」があるからこそ、集中力が高まり、結果も安定します。
まとめ:自由とは“習慣の上に咲く花”
自由を欲する人ほど、「自分を律する力」を磨いていく必要があります。
それは決して厳しく縛るという意味ではありません。
「こう生きたい」と思える自分に近づくための、“優しい自律”です。
自由に見える人を羨ましく感じたら、ぜひ一度、「その人が見えないところで何をしているのか」を想像してみてください。
淡々と習慣を守り、継続を積み重ねている人ほど、軽やかに見えるものです。
自由とは、好き勝手することではありません。
自由とは、「決めたことを、自分で守り切る力」にこそ宿るのです。
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